なぜヘブンを迎えにこなかった? 錦織のモデル・西田千太郎の「諦めてきた人生」

50分前

『ばけばけ』第53回より。毎朝ヘブンを迎えにきて通学のお供をし、ずっと彼を支えてきた錦織(吉沢亮)(C)NHK

(写真4枚)

今週放送された連続テレビ小説『ばけばけ』(NHK総合ほか)第11週「ガンバレ、オジョウサマ。」では、ヘブン(トミー・バストウ)の過去が明かされた。アメリカ・シンシナティで新聞記者をしていた時代、白人ではない女性と結婚したことから激しい差別を受け、愛する妻と職を失ったヘブンは、それ以来誰とも深く関わらないと決めたのだと打ち明けた。

ヘブンの独白と頑なな覚悟を受けて、錦織(吉沢亮)は「あなたにとって私は、どういう存在なのでしょうか」とたずねる。ヘブンは、「もちろんスバラシイ通訳。スバラシイお世話係」と答えた。翌朝、錦織は初めてヘブンを迎えにこず、英語の授業への付き添いもなかった。

第21回でヘブンが松江に降り立ってからというもの、陰日向となって彼を支え、いつもヘブンに振り回されながらもひとかたならぬ「ヘブン愛」を露わにしていた錦織。第40回の「ヘブンクイズ」で大敗を喫したときの悔しそうな表情が忘れられない。

『ばけばけ』第40回より。(C)NHK
『ばけばけ』第40回より。ヘブンのクイズ大会で盛り上がる生徒たち(C)NHK

今週の第51回で、新年に際して「これからは学校以外では『ヘブンさん』『錦織さん』で」と約束し、とても嬉しそうにしていた錦織。

その矢先にヘブンから「ただの通りすがりの人間として……誰とも深く関わらない。恋人でも友人でも、誰でも」と言われ、突き放されてしまったショックたるや、いかばかりか。錦織の思いと、彼の人物造形、そして錦織とヘブンの関係性について、あらためて制作統括の橋爪國臣さんに聞いた。

■「ただの仲良し」にはしたくなかった

『ばけばけ』の公式が「モデル」と明記しているのは主人公・トキ(髙石あかり)のモデルである小泉セツさん、ヘブンのモデル・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)、そして錦織のモデル・西田千太郎の3人だけである。錦織は本作の中でもとりわけ重要人物であるというわけだ。錦織とヘブンの関係性について橋爪さんは、

「錦織が、ただの通訳でヘブンのアシスタントみたいな関係性にはしたくありませんでした。史実からも、西田千太郎とラフカディオ・ハーンが無二の親友であったことは誰もが知るところです。けれど、『ただ仲が良かった2人』ということではなくて、裏にはいろんな秘めた思いがあるんだろうなと考えました」と話す。

『ばけばけ』第51回より。(C)NHK
『ばけばけ』第51回より。英語教師・錦織(吉沢亮)にヘブンについて聞くトキ(髙石あかり)(C)NHK

■ 西田家の家訓に書かれていた「あきらめよ」の言葉

錦織のキャラクターを造形するために、橋爪さんをはじめ『ばけばけ』スタッフは西田千太郎についてかなり深く取材をしたという。

「取材を掘り下げていくなかで、西田千太郎の『悲しみ』に思いが及びました。西田は誰からも『彼ほどいい人間はいない』と評され、聖人君子のような存在とされてきました。しかし彼自身の思いは、必ずしもそうではなかったと、取材を進めるうちにわかってきたんです。

今回の取材で、西田千太郎の代から伝わり、息子さんが書き残した『西田家の家訓』が出てきたのですが、いくつもある家訓のなかで、ひときわ衝撃を受けた一節がありました。

はじめに書かれた『あきらめ、而(しこう)して、活動せよ』というもので、一度あきらめてから進みなさい、という意味なのですが、家訓に『あきらめよ』という言葉があることに驚きました」と語る橋爪さん。さらに、こう続ける。

「西田千太郎は松江一の秀才で『大盤石』と呼ばれたにもかかわらず、経済的事情で思うように学問が成り行かなかったり、さまざまな運の悪さから不遇な目に遭ってきた人。彼自身、いろんなことを諦めてきたのではないかと思いました。

同時期に松江から東京に出た後輩の岸清一や若槻禮次郎(※第4週で登場した、錦織と共に東京・本郷に下宿していた根岸と若宮の造形はこの2人にヒントを得ている)が日本の中枢を担う人物となっていくなか、錦織だけが松江の一教育者だった。そこには、コンプレックスもあっただろうし、いろんな思いがあったのだろうなと」。

『ばけばけ』第54回より。(C)NHK
『ばけばけ』第54回より。知事の娘・リヨ(北香那)からのプロポーズを断るヘブン(トミー・バストウ)(C)NHK

■「不遇なエリート」が象徴する明治時代の混乱

さらに橋爪さんは、錦織友一という役どころの重要なポイントについて話す。

「そうして、いろんなものを背負って生きていくなかでハーンと出会い、西田は『自分が成せなかった何か』をハーンに託したのではないかと想像しました。市井の庶民がさまざまな困難に面したのはもちろんのこと、西田ほど秀でた才能があった人でさえうまくいかなかった。

それが明治の混乱を象徴しているし、このドラマの中核になる話だと考えました。『不遇なエリート』がひとつのキャラクターになると思い、作り上げていった錦織友一という人物は、そんな明治の時代背景を担う重要な役どころです。そして、それこそが錦織を吉沢亮さんに演じてもらう意味だと思うのです」。

また、今後の展開については、

「今は、ただ『ヘブンに振り回される不憫な人』に映っている錦織ですが、この先、彼の裏側にある思いや葛藤が描かれていきます。その前触れとして、毎朝ヘブンを迎えにきていた錦織が迎えにこなくなったというエピソードを置きました。

『あなたが通りすがりというなら、私もそうしますよ』という思いなのでしょう。今後、徐々に錦織の秘めた『思い』が明らかになっていきます」。これから先、錦織友一の物語の行く先にも注目したい。

取材・文/佐野華英

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