吉永小百合と二度目のタッグ、阪本順治監督「またすごい題材を選ばれたなと」

15時間前

映画『てっぺんの向こうにあなたがいる』の阪本順治監督をインタビュー

(写真5枚)

世界の最高峰エベレストに、女性が初めて到達してから今年でちょうど50年。俳優・吉永小百合が映画出演124作目に選んだ題材は、女性初到達の偉業を成し遂げた登山家・田部井淳子をモデルにした、登山家であると同時に主婦であり母親でもあった、一人の女性の生き方だった。

映画『てっぺんの向こうにあなたがいる』(10月31日公開)のメガホンを執ったのは、『北のカナリアたち』(2012年)から13年、吉永と2度目のタッグとなる阪本順治監督。来阪した監督に話を訊いた。

取材・文/春岡勇二

■ 吉永小百合とは13年ぶり「またすごい題材を選ばれたなと」

──吉永さんとは、『北のカナリアたち』以来のお仕事になったわけですが、今回のお仕事は企画のどの段階でオファーがきたのですか?

製作陣が吉永さん主演企画をたちあげ、打ち合わせをするなかで田部井淳子さんの実話を基に作品を作ることになり、「監督は阪本で」ということでお話をいただきました。それは『北のカナリアたち』のときも同じでした。

吉永小百合演じる多部純子 ©2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会
吉永小百合演じる多部純子 ©2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会

──吉永さんが、登山家の田部井淳子さんをモデルとした人物を演じると知ったときにはどう思われましたか?

またすごい題材を選ばれたなと思いましたね。登山家を演じるとなれば、吉永さんは座長として体力的な準備も必要だし、高山病対策などの準備も必要で、実際、吉永さんはガイドさんに付いてもらってあちこちの山に登っていらした。

そんな主演女優の足を監督が引っ張るわけにはいかないですから。自分も準備しなくちゃいけない。正直「登山かあ」とは思いましたけど(笑)。

──監督はこれまで登山のご経験は?

ないです。ただ、撮影で崖っぷちを登ったり、それこそボリビアの高地に行った時には高山病を罹ったこともあって。いわば登山に近いことはやっていたので、その難しさや怖さは多少はわかっていました。

だから、今回も、冒険家の三浦雄一郎さんがやっておられるトレーニング・ジムで、低酸素カプセルに入って高山病予防とかしましたよ。吉永さんの夫役の佐藤浩市さんと一緒に(笑)。

──佐藤さんは主人公の夫で、妻の活動を、若い頃も歳を経て妻が病を患ってからもずっと支え続ける、「天然記念物」とまで言われる優しいご主人の役ですね。

僕が監督した『せかいのおきく』(2023年)と、横浜流星さんの主演で、佐藤さんがボクシングのトレーナーを演じた『春に散る』(2023年)をご覧になっていた吉永さんも、佐藤さんに決まったことを大変喜んでくださいました。出演が決まったらすぐに佐藤さんから僕に連絡がありました。「自分が吉永さんを完璧にサポートするからまかしてくれ」って。

吉永小百合演じる多部純子、佐藤浩市演じる多部正明 ©2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会
吉永小百合演じる多部純子、佐藤浩市演じる多部正明 ©2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会

──佐藤さんにそう言ってもらえれば安心ですね。また、主人公の親友で、50年前のエベレスト初登頂時にチームの一員として参加して以来、ずっと主人公を見守ってきた女性を天海祐希さんが演じています。

天海さんは吉永さんとこれまでに2本の映画で共演されていて私生活でも仲がいい。今回、天海さんに演じてもらった役のモデルになった方も背の高い方で、吉永さんと天海さんの佇まいが、実際の田部井さんとその方が並んだときの佇まいと重なるんです。親友役でもあるし、これはもう天海さんだよねっていう感じですね。

吉永小百合演じる多部純子、天海祐希演じる北山悦子 ©2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会
吉永小百合演じる多部純子、天海祐希演じる北山悦子 ©2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会

■ 青年期演じたのんと工藤阿須加「吉永さん、佐藤さんのお芝居をずっと見ていた」

──本作では主人公の生涯を晩年と青年期に分け、二つの時代を物語が行き交う形で描かれていて、青年期の主人公をのんさんが演じています。

のんさんは僕がお願いしました。僕の中では、この役はのんさん一択でした。のんさんとは映画祭の会場でご一緒したことが2度あって、演技する場ではないところの彼女を見て、なにか自在に生きてるなあっていう印象があったんです。それは若い頃の田部井さんに通じるものではないかと感じたんです。あと、デビュー当時の吉永さんと似ていると思ったのもお願いした理由の一つでした。

──のんさんにはどのようなアドバイスをされましたか?

たくさん演出をつけたというようなことはなくて、田部井さんご本人の気質である、利発でお転婆で豪放磊落、といったキーワードだけを伝えました。これは実は吉永さんの気質でもあって、つまり田部井さんと吉永さんはもともと似た気質の方なのですが、それをのんさんにも共有してもらうことを心掛けました。

──佐藤さんの若い頃を演じるのは工藤阿須加さんですが、のんさんも工藤さんも吉永さん、佐藤さんの若い頃を演じるというのはプレッシャーがあったでしょうね。

今回はクランクインの季節の都合もあって、現代(晩年)世代の方から撮り始めたのですが、のんさんも工藤さんも現場にやって来て、吉永さん、佐藤さんのお芝居を3時間でも4時間でもずっと見ていました。真似するというのではなくて、芝居のリズムとかちょっとしたしぐさの癖みたいなものを取り込もうとしていたのだと思います。

吉永小百合演じる多部純子、佐藤浩市演じる多部正明 ©2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会
吉永小百合演じる多部純子、佐藤浩市演じる多部正明 ©2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会

──さきほど言われた、田部井さんと吉永さんの気質に似たものがあるというお話は、映画を観ていて伝わってきますね。

そうですよね。僕もカメラ越しに吉永さんのお芝居を観ているとき、田部井さんも多分こういう人だったんだろうなって思うことが何度もありました。そのことは実は息子さんに認定をもらってもいるんです。

今回、山で撮影するときにはいつも、田部井さん同様に山に慣れている進也さんにずっとガイド兼アドバイザーとして同行してもらったのですが、その進也さんが吉永さんの後ろ姿を見て「おふくろにそっくりだ」って言ってましたから。

それから、エベレストに登頂したときのトランシーバー越しの音声、映画ではもちろんのんさんが話しているのですが、これも母親のしゃべりそのままだって感心なさってました。

■ 息子役の若葉竜也、これまでにない役柄に「新鮮で楽しい」

──本作は田部井さんの生涯を元にしたフィクションではあるのですが、実像の再現性もかなり高いということですね。その息子さんが、高校生の頃、有名人である母親に反発して学校を辞めちゃったりする。田部井さんの人生も決して順風満帆ではなかったことを示すエピソードとして印象的でした。

この作品は、多くの登山シーンを織り込んだ「山岳映画」ではあるのですが、それだけではなく、一つの家族を丁寧に描いた「家族の映画」でもありますから。

──息子さん役の若葉竜也さん、前からうまい役者だなと思っていたのですが、今回、すごくいいですね。

彼はこれまでいい意味でナイーヴな青年を演じることが多くて、本作みたいな、はっきりとした強い物言いをする青年像というのはあまり演じてこなかったんです。本人も「こういう役は珍しいです」って言ってました。それで「新鮮で楽しい」って(笑)。

──その息子さんと、病を患って、いわば闘病生活をしている田部井さんが、東日本大震災をきっかけに、東北の高校生たちと一緒に富士登山をするプロジェクトを立ち上げ実行する。これも実話ですよね。

そうです。震災の翌年、2012年に始めてから毎年実施し、2016年7月に第5回を開催し、富士山の3010メートルまで登り頂上を目指す高校生たちを見送られた。同じ年の10月に亡くなられた田部井さんの最後の登山になりました。

──そのプロジェクトの資金を集めるためにチャリティーコンサートを開き、シャンソンを歌われた。ここも再現されていたのが驚きでした。

田部井さんはすごく好奇心をお持ちの方で、なんでも挑戦されるんですね。シャンソンを歌ったり、お琴を習ったり。あのコンサートの撮影は面白かったですね。400人のエキストラの人に客席に座ってもらって。そこへドレス姿に金髪のヘアピースを付けた吉永さんが登場されて。「よろしく、お願いします」とご挨拶された後、「こんにちは、マリリン・モンローです」とおっしゃられて。あの吉永さんがですよ(笑)。

■ 脚本の坂口理子と意外なつながり「映画人たちとのご縁のなかで生まれた作品」

──お茶目な方なんですね。最後に、脚本の坂口理子さんについてお尋ねします。坂口さんは登山経験がある方なんですね。

ご主人と一緒にいくつかの海外の山に登られている、経験豊富な方です。だから今回、登山用語など僕の知らなかった部分でずいぶん助けてもらいました。

それからあの、エベレスト登山チームや、吉永さんと天海さんが一つテントの中で歌う『山男の歌』の替え歌があるじゃないですか。「山女 よく聞けよ」って歌。あれも坂口さんの作詞なんです。

──そうなんですか。あれもてっきり本当にエベレストチームで歌われていたものだと思っていました。監督は坂口さんとは今回初めて組まれたのですよね。

初めてなんですが、実は僕が監督した作品で原田芳雄さんの遺作になった『大鹿村騒動記』(2011年)は、もともとNHK長野放送局が製作した『おシャシャのシャン!』というドラマがあって、それに出演した原田さんが大鹿歌舞伎に感動して今度はこれを映画にしたいと願い、それが結実したものなのですが、その『おシャシャのシャン!』の脚本を書かれたのが坂口さんだったんです。

──そうだったんですか。それは、阪本監督と原田芳雄さんとの関係を知っている者にとっては、特に僕のように原田さんのファンだった者にとっては大変重要な情報です。

今回、撮影はすでに20本以上の撮影でご一緒していて、『大鹿村騒動記』ももちろん撮ってもらった笠松則通さんですし、僕にとっては映画人たちとのご縁のなかで生まれた作品と言っていいかもしれません。

映画『てっぺんの向こうにあなたがいる』

2025年10月31日(金)公開
出演:吉永小百合、佐藤浩市、天海祐希、のん、木村文乃、若葉竜也、工藤阿須加、茅島みずき
監督:阪本順治
脚本:坂口理子 音楽:安川午朗
原案:田部井淳子「人生、山あり“ 時々”谷あり」(潮出版社)
配給:キノフィルムズ
©2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会

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