600ページにも及ぶ、映画評論家・ミルクマン斉藤の「遺稿集」制作の裏側

2025.6.4 20:00

『1994-2024 ミルクマン斉藤 レトロスペクティブ 京阪神エルマガジン社の映画評論集』

(写真4枚)

2024年1月2日に逝去した映画評論家・ミルクマン斉藤氏。彼が1994年から30年にわたり、『Meets Regional』『SAVVY』『Lmagazine』そしてこの『Lmaga.jp』にて執筆した映画評論やインタビューなどをまとめた、『1994-2024 ミルクマン斉藤レトロスペクティブ 京阪神エルマガジン社の映画評論集』が5月28日発売された。

四六判のサイズに印刷された文字はかなりの小ささ。600ページの中に、この小さな文字で印刷された30年分の原稿がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。だけど、です。どこから開いても、前後の順番を気にせず気軽に読めてしまう。それこそ、ミルクマン斉藤氏が映画に対して、「ものすごく深い知識でもって、ものすごくポップに評する」才能たるゆえん。

肩書きは「映画評論家」にこだわったミルクマン氏ではあるが、映画マニアやシネフィルだけを相手にした、読み手にもある程度の知識を必要とするような堅苦しい評論は一切なし。疾走感あふれる軽やかでグルーヴィな文章の展開に、するするっと読み進めることができてしまうのだ。

2024年1月に逝去した映画評論家のミルクマン斉藤さん(写真/エレファント・タカ)

映画の楽しみと併走するように駆け抜ける評論、それがミルクマン斉藤氏の持ち味。いつだってにこやかに大きく手を広げて、「こっちにおいで」と映画を観る喜びへの門を開いていてくれる。ミルクマン斉藤氏の評論や解説に、どっぷりと映画の沼に落ちたファンも多いのが何よりの証拠。

アンダーグランド、インディーズ、ハリウッドの大作から、実験作品、果ては「一体なんじゃこりゃ?」な珍作まで、ありとあらゆる映画を雑食的に観ては、息をするように原稿に落とし込む。まだそのお楽しみを知らない方に、ぜひ手に取っていただきたい1冊である。

『1994-2024 ミルクマン斉藤レトロスペクティブ 京阪神エルマガジン社の映画評論集』誌面の一部
『1994-2024 ミルクマン斉藤レトロスペクティブ 京阪神エルマガジン社の映画評論集』誌面の一部

本書はクラウドファンディングにより製作資金を集めて作られた。この経緯についてもお伝えしておきたい。

編集担当は、2000年代初頭に月刊誌『Lmgazine』誌にて映画ページを担当し、ミルクマン斉藤氏から原稿を預かっていた経験の持ち主。とはいえ、それはわずか5、6年ほどのお話。お酒好きのミルクマン氏の泥酔エピソードをひとつやふたつを持っている、ほかの編集者や映画関係者とは違い、あくまで編集者/書き手という関係性に限った、ドライなお付き合い。

・・・だったのだが、この担当者、ミルクマン氏が亡くなった際のお別れの会で、突如「こんなにたくさん媒体に寄稿し、カルチャーページの充実に貢献してくださったミルクマン斉藤さんにエルマガジン社は恩返ししなければならない!」とやる気に火が付いた。

最初に担当した著名な書き手がミルクマン斉藤さんで、それなりに編集者として鍛えられた経験があったため、ある種の「インプリンティング」だったのか、はたまた距離感があったからこそ、書き手としての評価を客観的にできたのか、今となってはその決心の決定打は曖昧だ。が、なにはともあれやるしかない。「出版実現」までの猪突猛進ストーリーの始まりである。

しかし映画本を出版するという経験皆無な会社にとってはこのやる気も「なんのこっちゃ」でしかなく、気合いの企画書はあっさり棄却・・・かと思いきや、「例えばクラウドファンディングでもなんでも、製作資金さえ集めることができればOK」という言葉を真に受けて、立ち上げました。クラウドファンディングのプロジェクト。

ド素人の告知にヒヤヒヤしたたくさんの方が手を差しのべてくださった結果、多くの方々に周知していただき、多大なるご支援・応援を受けて見事に目標金額を達成。こんなにもこの本を待ちわびている人がいるんだ! と感動のフィナーレを迎えるも、それは書籍作成のスタートラインに立ったまで。思いを託してくださった皆様のお手元に本を届けるまでが、このプロジェクトの最終目標なのだから。

まずはミルクマン斉藤さんの30年分の原稿を集めることからスタート。震災を経て所在のわからなくなったバックナンバーもあり、そんな時は図書館に行くなどして無事コンプリート。

次は原稿のPDF化。今ではデータ化されている原稿も、30年前はもちろんデータなどなく、わずか10年前ですら現在のフォーマットでは見ることにできないデータであったりするので(QuarkXpressとか)、実際の紙面をスキャンしてPDF化するというアナクロで地味〜な作業をひたすらに。

そのPDFから文字を起こし、元のデータと相違ないか、また誤字脱字、作品名の誤りなどないかひたすら校正作業を続けること7カ月。やっとお届けすることができました。

『1994-2024 ミルクマン斉藤レトロスペクティブ 京阪神エルマガジン社の映画評論集』誌面の一部
『1994-2024 ミルクマン斉藤レトロスペクティブ 京阪神エルマガジン社の映画評論集』誌面の一部

コスト問題の解消のため本を3cm以内の厚みに収めなければならず、その限られたページ数の中に恐ろしい分量の原稿を収めてデザインして欲しい・・・という超無茶振りの発注を実現してくださったのが、デザイナーの工藤公洋さん。工藤さんは6000弱もある映画タイトルを掲載したA3両面のインデックスのデザインも担当。

そして超クール! まるでミルクマン斉藤さんのおなじみの衣装で本をくるっと包んだような(担当が仕上がりを見たときは、どんな形にも変形するバーバパパみたい!と思った)、ハッとするようなピンクとアクセントのグリーンが効いたデザインの表紙は、もちろんgroovisionsの手によるもの。

また岡本仁、辛島いづみ、カツピロ、小柳帝、沢田眉香子、嶋津善之、春岡勇二、安田謙一各氏からの寄稿、田中知之さんのあとがき、白石和彌監督の帯文と、ミルクマン斉藤さんの人望の厚さが良くわかる錚々たる顔ぶれからのご寄稿や、コメントも読み応えたっぷり。

特典は先述のインデックス。こちらもまたピンク×グリーンの色遣いが鮮やかなリソグラフ印刷で、その膨大な量のタイトルをじっくり眺めていただきたい。

たくさんの人の手を借り、そして思いを受けて完成した『1994-2024 ミルクマン斉藤レトロスペクティブ 京阪神エルマガジン社の映画評論集』、ぜひ手に取ってご覧下さい。

ミルクマン斉藤という書き手がいたことも、こんなにもおもしろい映画評論があるのだということも、忘れて欲しくないどころが、むしろ今から新鮮に体験して欲しい。そして、言葉や文章をきっかけにたくさんの映画を観るという経験のおもしろさ、楽しさを実感して欲しい。そんな1冊となっています。

文/編集担当・須波由貴子


『1994-2024 ミルクマン斉藤レトロスペクティブ 京阪神エルマガジン社の映画評論集』
定価:3200円(本体2909円+税)
編集・発行:京阪神エルマガジン社
ご注文・お問い合わせ:06-6446-7718

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