瞬間の集積が人生を醸成する、映画「PERFECT DAYS」

映画『PERFECT DAYS』のワンシーン © 2023 MASTER MIND Ltd.
◆「第九」に見るタイパ主義
ベートーヴェンの『第九交響曲』が流れる冬が来た。壮大な「第1」、怒涛の「第2」、荘厳な「第3」の各楽章を経て、「第4楽章」の絶頂を迎える。その「第九」の聴かれ方が変わってきたのだと友人が言う。
年越しパーティーでは「第3楽章」まで再生スルー。「第4楽章」も前節をすっ飛ばし、大合唱から聴いて終演。師走の風物詩体験は完了する。
ポップスもギターソロは聴かない。映画は配信を倍速視聴。時間を無駄にしないスタイル、タイムパフォーマンス重視がトレンドである。「タイパ」は2022年、新語大賞(三省堂)に選ばれた。
とはいえ、心血込めた作品を飛ばし聴きされている楽聖は、墓の下でタイパ第一の日本社会に、さぞ歯噛みしているのではなかろうか。
◆繰り返すカット、しゃべらぬ主人公
ベートーヴェンの生地ドイツ・ボンからほど近いデュッセルドルフ出身のW・ヴェンダース監督が、日本人俳優による日本語の映画を撮った。下町の老朽アパートに暮らす60代のトイレ清掃人・平山(役所広司)の日々を静かに描いた『PERFECT DAYS』だ。

淡々とカメラは回る。落ち葉を掃く竹ぼうきの音で目覚め洗顔、ヒゲを整えると、自販機から缶コーヒーを買って、掃除道具を積んだ軽ワゴン車を運転して公衆トイレを巡回する平山。首都高の高架から望む東京の街は、無機質この上ない。このカットが、幾度も繰りかえされる。
小便器のごみ受けをゴシゴシ洗うクローズアップがある。清掃人に侮蔑的な反応を示す女性もいる。倍速視聴に親しんだ向きには、勘弁ならぬ場面の連続ではないか。
加えて、無口な平山は感情を表に出さない。甘ったれの職場の同僚(柄本時生)、彼がひいきにするガールズバーの女の子(アオイヤマダ)、家出してきた姪(中野有紗)に、説教じみた言葉を発することなく、言うことを受け入れる。必要以上の深入りを避けているようにも見える。感情が読めぬ主人公に、いら立ちを覚える人もいるだろう。

W・フォークナー『八月の光』を読む平山。社会からの疎外を自ら選ぶ謎めいた人物が登場するこの小説は、平山の境遇を暗示する小道具なのだろうか。
◆人も木も、年輪を重ねている
平山のささやかな趣味のひとつが、神社に立つ巨木のカメラ撮影だ。太い幹ではなく枝葉の木漏れ日を撮る。フィルムをプリント屋で焼き、何年分もの写真を保管している。
読む本は幸田文の『木』。長い時間に少しずつ変化する樹木を通じて、世の生死輪廻を思うエッセイ集だ。平山が撮る木は不変のようでいて、古い葉を落とし新たな葉を育んでいる。地面からは新芽が吹き出す。
通勤の車中でカセットテープが奏でる音楽は、『サニー・アフタヌーン』(キンクス、1966年)、『ドック・オブ・ベイ』(オーティス・レディング、1968年)、『パーフェクト・デイ』(ルー・リード、1972年)など。のんべんだらりと過ごす日を歌う曲の数々は、平山の望む生き方を表している。
昔の痛恨事を想起させる悪夢、没交渉の実家との関係。平山の過去が次第に明らかにされるが、情報が表層的なので、観客の想像力が問われる。ながら見やスキップが許されない劇場映画ならではの作りだ。

平山の読書はP・ハイスミス『11の物語』に移った。劇中、「不安を表現する作家」と説明される。再会した妹(麻生祐未)が伝える父の病状、余命を宣告され、生きていくことを断念せざるを得ない男(三浦友和)との一夜の縁。他人の不安、自分の感情のすべてを受容して、平山は今朝もトイレの掃除に向かう。
◆役所広司が3分で見せる男の半生
役所広司は本作で『カンヌ映画祭』最優秀男優賞を得た。絶賛された3分近いラストショット。泣き笑いに変化する豊かな表情と、首都高に差す朝日がつくる陰陽に、平山が重ねた60余年の半生が映し出される。

「新しい夜明け、新しい1日、私の新たな人生」と歌い上げる、ニーナ・シモンの野太く、力強いボーカルがかぶる。私たちは平凡に思える日々を、長い時間をかけ、積み重ねていく。かくして豊かな人生が醸成される。神社の木のように、そして平山のように。
『第九』の『歓喜の歌』は、隣人愛と平和への祈りに満ちている。タイパも大切だろうけれど、スキップせずに、すべての楽章をじっくりと聴き重ねていく方が、人生の幹を太く育てるには良いのだと思う。
文/小根盛古
映画『PERFECT DAYS』
2023年12月22日(金)公開
監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、田中泯、三浦友和
配給:ビターズ・エンド
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