初の群像劇に挑んだ、呉美保の最新作

© 2015「きみはいい子」製作委員会
「脚本を超えられるんじゃないかと思って」(呉美保)
──あそこで一瞬にして事態が激変します。「おお!そうきたのか・・・」という感慨は誰もが持つと思いますね。さらに、最初から冷たいトーンで統一されていた色彩も一変して、あたたかくなる。
陽が出てきて、そこから映画の狙いとしては色づいていくんですよね。
──最後に桜まで散ってカラフルになるというプランは、最初から意図されてたんですよね。それは撮影の時点から色彩設計を?
そうですね。撮る前というか、脚本の段階からカメラテストをやりながら「どんどん彩りとして見えてくる表現をしたい」とカメラマンさんと話して。色味やカメラワークもどこか人を突き放したような距離感で最初始まるんだけれども、特に(クライマックスの)高良さんの走りのテンションも含めて、人の心が色づいていくように(画面も表現)しようと。ま、最後は(カラー・コレクションで)整えてますが。
──撮影も然りですが、音楽も次第に彩りを増していくように設計されてますね。最初はピアノの単音のみ、しかもあまり鳴る場面がなくて、それがけっこうな時間続きます。それから段々とギターやシロフォン、やがてヴァイオリンまで加わって、最後の最後にベートーヴェンの「歓喜の歌」で爆発するんですよね、豊饒に。で、日本語詞の「歓喜の歌」も歌われるのですが、聴いたことのない歌詞だなあ、と思ってると最後のクレジットで「作詞:OMIPO」ってなってましたけども(笑)。
そうなんです。富田靖子さん演じる和美(自閉症児・弘也の母)が「いつも唄ってる歌」という気持ちで作ったんです。まあ、いろんな諸事情もあって、第九のメロディに著作権はないけれど、いくつかある日本語の歌詞にはあるんですよね(笑)。じゃあ、この映画ならではの歌詞を自分で書こうと。

──歌のシーンもそうですけど、最後に高良さんが走るところも原作にはありませんよね。でもそのふたつの要素によって各々のエピソードが響き合い、あの街全体が最後にぐっと立ち上がってくるような感じがするんですよ。それにしても高良さん、とてもいい。
やっぱり私、彼のことが好きなんです。高良さんって、エキセントリックな役とか、尖った役が多いんですが、映画『横道世之介』(2013年)の彼がすごく良かったんですね。で、踏ん張った経験がない若者というか、そんなところも見たいなと思っていたから、今回の新米教師・岡野というのはちょうどいい役だったんですよ。本人は、自分とちょっと似ているって言ってましたけど。岡野は優柔不断だし、とりわけ夢もない。ただちょっと頭が良いから教師になったくらいの若者なんですね。
──まさにそうですね。
で、それなりに上手く生きていけるけど、そういう人が問題にぶち当たったときにどうするか。しかも、いかにもな人間的成長を見せたり、急に頑張ったり、サクセスしたりもしない。そんな役を等身大で演じられる力を高良さんは持ってらっしゃる気がしたんです。もちろん、この岡野なんかより全然苦労しているだろうし、壁にもぶち当たってるだろうけど、すごく高良さんに合った役だなと思って。
──もちろん良かれと思ってではあるんだろうけど、あんな宿題(※映画を観てのお楽しみ!)を出したおかげで、やっぱり翌日から(家庭内暴力を受けているらしい)生徒は登校しなくなる。しかも明らかに危ない状態なのに、しばらく様子見するところがまた、能天気というか優柔不断というか。
あの宿題もその生徒のために出してるんですよね。(育児放棄しているに近い)お母さんにハグされたら、ちょっと彼は幸せになるだろう的な。短絡的すぎて、いちばん傷つけたくない人を傷つけてしまうパターン。でも、岡野は悪気があってしたわけじゃない。それが岡野だし、皮肉なことにその他の子どもたちが素直になっていくという。

──あの宿題発表のシーンですけれども、いきなりドキュメンタリー・タッチになるじゃないですか。あれはアドリブですか?
もともと台本には、「誰々くんがこれを言う」くらいで、高良さんがああいう人だから、撮影日までに子どもたちとの距離がどんどん縮まっていて。すごくいい雰囲気だったから、これ、もしかして本当に宿題を出してもらったら、ある意味、脚本を超えられるんじゃないかと思って。で、高良さんに訊いてみたら「出そうよ、やりたい!」となったので、実際、彼に宿題を出してもらったんです。もちろんリハーサルをして、カット割りを考えることもできたけど、大事なのはそこじゃない、と。何が出てくるか判らない言葉、その瞬間のリアクションを撮ることだな、とカメラマンさんとも話して。で、高良さんの隣にカメラについてもらって、いちばん撮るべき子どもたちの第一声を撮ったんです。
──ほおお、やっぱりそうなんですか。いや、他のシーンが演技然としているという意味ではなく、ちょっと異ジャンルの映画のように子どもたちが活き活きしてるんですよね。というか、すでにあの子たちもなかば役になりきってることを伺わせつつ、子役の外の、素の表情がはっきり見える。
なんか、まぁ、この映画には必要な答えというか、「言葉」がいっぱい入ってるような気がして。綺麗ごとじゃなくてね。
映画『きみはいい子』
第28回坪田譲治文学賞を受賞した、中脇初枝の同名短編小説集を映画化。真面目だがクラスの問題に正面から向き合えない新米教師・岡野は、児童たちが言うことも聞いてくれず、恋人との仲もあいまい。また、自分の子どもを傷つけてしまう母親・雅美は、我に返った瞬間、トイレに閉じこもって左手首を握りしめて泣いている。それぞれが抱える現代社会の問題を通して、人と人との繋がりから生まれるささやかな「しあわせ」を描いた、再生と希望の物語。
2015年6月27日(土)公開
監督:呉美保
出演:高良健吾、尾野真千子、池脇千鶴、ほか
配給:アークエンタテインメント
2時間01分
テアトル梅田ほかで上映
© 2015「きみはいい子」製作委員会
映画『きみはいい子』
呉美保(お・みぽ)
1977年生まれ、三重県伊賀市出身。大阪芸術大学映像学科卒業後、大林宣彦事務所[PSC]に入社。スクリプターとして映画制作に参加しながら短編を手掛け、数々の賞を受賞。2003年にフリーランスのスクリプターとなる。2005年には、初の長編脚本『酒井家のしあわせ』が『サンダンス・NHK国際映像作家賞/日本部門』を受賞。翌2006年に長編映画監督デビューを飾る。その後、脚本と監督を務めた『オカンの嫁入り』(2010年)では、プロデューサーが選出する新人監督賞・新藤兼人賞の金賞を受賞。2014年の『そこのみにて光輝く』では、国内外の映画祭で各賞を受賞。さらにはアカデミー賞・外国語映画賞部門への出品作品にも選ばれるなど、一躍脚光を集める。
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