文楽技芸員さんのお仕事、見どころ、聴きどころ。人形編

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文楽技芸員さんのお仕事、見どころ、聴きどころ。人形編

2021.12.17 update

vol.04

※この記事は2021年12月17日に掲載された情報です。
取材時から内容が変更している場合がございますのでご了承ください。

Contents

連載第4回は人形遣いの仕事をご紹介。
曽祖父から四代続けて人形遣いの道を選び、
若手公演でも活躍されている吉田簑悠さんに、
一体の人形を三人で遣う
文楽人形の魅力を伺いました。

1人形遣いの役割って?

文楽の人形遣いは、太夫の語りと三味線の音曲に合わせて人形を遣い、舞台の上で躍動感あるドラマを作り出します。「三人遣い」といって、一体の人形を3人で遣う点も大きな特徴。世界でも類を見ない手法だそうです。役割分担は、司令塔である「主遣い(おもづかい)」が首(かしら・頭部)と右手を、左手を「左遣い」、両足を「足遣い」が動かします。3人の息をピタリと合わせることで、まるで生きているかのように人形に命が吹き込まれ、華麗に動き出すのが見どころです。繊細な動きはもちろん、悔し泣き、怒り、笑いなど細やかな心情も表現します。顔が見えているのは主遣いで、左遣いと足遣いは黒装束に身を包み、黒衣(くろご)に徹します。

『傾城阿波の鳴門』で、主遣いとして演じたおつるをお持ちいただいた。

2この世界に入ったきっかけは?

私の父(吉田一輔さん)や祖父、曽祖父も人形遣いを生業にしており、普段から浄瑠璃が流れている家で育ちました。文楽は世襲制ではないとはいえ、自然とこの道に惹かれたのだと思います。高校3年生で野球部を引退したあと父に入門を申し出たところ、「まずは楽屋へ来てみたら」と言われ、楽屋に通わせてもらうようになりました。舞台袖から眺める舞台は別世界のように輝いていて、間近で見る人形には生命感がみなぎり、「やっぱりこの道に進みたい」との思いを新たにしました。父には「厳しい世界だから」と入門をキッパリと断られたのですが、それでも熱意を伝え続けて、父が師事する吉田簑助師匠(人間国宝、2021年春引退)に入門させていただきました。

「人形に衣裳を着せる(こしらえ)も主遣いの役割」と簑悠さん。襟元が一番難しいのだとか。

3仕事の魅力や大変な点は?

私は入門8年目ですが、人形遣いの修行は「足遣い15年、左遣い15年」と例えられるほど長く、厳しいものです。大変な点の一つに、人形がとても重いことがあります。役によっては10キロを超えることもあります。足遣いは舞台の下で腰をかがめた姿勢を保つため、入門直後は肉体疲労で気が遠くなりそうでした……!また、明るい舞台照明の下で3人が密着しているので、いつも汗だくになります。一方で、70歳を越えた師匠方は常に凛と立ってらっしゃるので、体力や若さとは違う身体の使い方があるのだと考えています。
この仕事の魅力は、表現を磨くことで人形がより情感豊かになり、お客様に感動をお届けできること。多彩な技術を体得していくのも楽しいですね。例えば女形の人形は足がついていないことが多く、自分の握りこぶしを入れて膝を作ったり、裾の動かし方で歩いているように見せるといったことがあります。また、包丁で野菜を切ったり、琴を弾いたりと、道具を人間が使っているかのように使いこなす、細かなテクニックにもご注目ください。

人形の首(かしら)を上下に動かす仕掛け。首によって仕掛けは異なる。

4人形遣いさんの
日常を教えてください

技芸員すべてに言えることなのですが、毎月公演があるので、舞台中心の生活を送っています。大阪の文楽劇場で年6回(100日以上)、東京の国立劇場で年5回、他に地方公演や若手の会などにも出演します。コロナ禍以前は、パリやニューヨークでの海外公演もあり、とても良い刺激になりました。意外に思われるかもしれませんが、人形遣いは公演がないときは、家で演目の映像を見てイメージトレーニングをすることが多く、3人で人形を持って稽古をするのは、本番前の1回だけ。それでなぜ動けるのかとういうと、文楽では主遣いが常にサインを出し続けているため。ちょっとした首の動きで分かることもあれば、常に密着しているので、主遣いのわずかな筋肉の動きでも次の動作が予測でき、阿吽の呼吸で動けるのです。

女形には足をつけないのが通例だが、西国巡礼をする役のおつるは例外。踵に付けられた「足がね」というパーツを持って操作する。

5将来の目標や
トライしたいこと

5年程前(2016年)に父・吉田一輔が文楽人形を持って始球式に出ることになり、その時に足遣いで十代の頃の憧れだった甲子園球場のマウンドに上がらせて頂きました。球場のお客様からは文楽人形にピッチャーができるのか、といった期待と不安が混ざった空気を感じましたが、こうした機会に文楽人形の面白さを知ってもらえたらという気概で乗り切りました。今後も文楽を観た事が無いという人に親しみを持ってもらえるような新しい取り組みに挑戦していきたいです。
初めて見る友人によく言われるのが、「ストーリーがわからなくて集中できなかった」ということ。事前にネットであらすじを調べるだけで舞台の見え方が変わるので、それを最初の一歩にしていただきたいですね。目標はもちろん、修行を積んで主遣いになること。演じてみたいのは不朽の名作『曾根崎心中』のお初です。
稀代の人形遣いとして、お初の匂い立つような色香と可憐さを表現されていた簑助師匠を見てきたこともあり、将来は、自分もお初の内に秘めた覚悟や切なさを表現できるよう、些細な所作にも神経を配って表現していきたいと思います。

文/山口紀子 写真/竹田俊吾

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