文楽技芸員さんのお仕事、見どころ、聴きどころ。三味線編

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文楽技芸員さんのお仕事、見どころ、聴きどころ。三味線編

2021.12.3 update

vol.03

※この記事は2021年12月3日に掲載された情報です。
取材時から内容が変更している場合がございますのでご了承ください。

Contents

三業(さんぎょう)のお仕事紹介、
続いては三味線の気鋭にインタビュー。
お迎えするのは、弱冠18歳で入門し、
芸歴8年目を迎える鶴澤燕二郎さん。
文楽協会賞を2年連続受賞されている、
注目のホープに魅力を
たっぷり語っていただきました。

1三味線の役割って?

文楽における三味線の役割は、太夫が言葉で「語る」ように、音を通して物語世界を「語る」こと。「太夫の語りの伴奏をしているのですか?」と聞かれることもありますが、まったく異なります。三味線は奏でる音色や撥遣い(ばちづかい)の強弱、緩急で、雨音から春のうららかな風景、登場人物の喜怒哀楽まで、あらゆる情景を雄弁に語っているのです。これだけ幅のある表現ができるのは、太棹(ふとざお)という最も大きな三味線を文楽では使っているため。弦も太く、使う撥も分厚くて大きいので、心を揺さぶるように深く、重厚な響きが生まれるのです。文楽を観劇される際は、太夫と三味線による「掛け合い」にも注目を。両者は一度舞台に上がれば、ライバルのような存在に。互いに火花を散らす迫力満点のセッションがあってこそ、人形たちが生き生きと動き出すのです。

太夫と三味線のみで行う素浄瑠璃(すじょうるり)公演にも挑む。

2この世界に入ったきっかけは?

中学時代に、文楽好きの父の薦めで「文楽研修生制度」を知りました。当時は、野球と吹奏楽に熱中していた普通の子どもでしたが、私が興味を持つと、父が広島から大阪の文楽劇場へ度々連れて行ってくれました。舞台の熱気に圧倒される一方、太夫と三味線がいる床を熱心に見ていた記憶があります。文楽の世界を描いた三浦しをんさんの小説『仏果を得ず』を読んだのも、この頃。青春小説的な面もあり、ますます虜になり、その後、16歳で文楽研修生として入門しました。最初は太夫志望でしたが、研修中に自分で三味線を組み立てて音を出した時、「これは面白い!」と心の底からワクワクしまして。西洋の楽器とはまるで違う音色、楽器の奥深さに惹かれ、この道を志しました。

鶴澤燕三師匠から譲り受けた大切な三味線。先代の燕三師匠(人間国宝)のものだそう。

3仕事の魅力や大変な点は?

太棹三味線が持つ豊かな表現力に、無限の可能性を感じています。弾き方だけでなく、「こしらえ」といって、3つのパーツに分かれた三味線の組み立て方次第で、響きががらりと変わるのです。例えば、胴に棹を差し込む穴に「ヘギ(薄い木片)」を数枚かませると棹の角度が変わり、音色や音量が一変します。さらに糸の振動を皮に伝える役割の駒の重さ、調弦によっても変わります。自分の感覚に頼りながら、理想の音を探究し続けられることがとても楽しいですね。
大変なことは、師匠から曲を習い、それを暗譜することでしょうか。何度も復習しながら、自分の血肉にしていかねばなりません。舞台上の師匠方はすっと前を向き、涼しそうな表情で演奏されていますが、私は曲を間違わないように常に必死の形相……(笑)。まだまだ修業が必要だと痛感しています。

この日は竹本碩太夫さんとのタッグで、息のあった掛け合いを披露。

4三味線さんの
日常を教えてください

師匠につけていただく稽古と自主練習、公演への出演をコツコツと積み重ねていくことが私たち若手の日常です。三味線は、ほんの数日練習できなかっただけで、思うように音が出せなくなる怖さがあります。弦を押さえる爪が伸びたり、手のひらの“撥だこ”が小さくなって、感覚が変わるのです。だから、何があっても毎日三味線にふれるようにしています。大きな音を出せない時は、手ぬぐいを弦の間に挟んでトレーニングすることも。大変だと思われるかもしれませんが、私の師匠は早朝から練習されていますから、身が引き締まる思いです。
普段の息抜きは、料理とロードバイクに乗ること。イタリア料理のシェフをしている兄に習ったパスタが私の十八番。忙しい公演の合間にもさっとできるし、おいしいご飯を食べると元気になりますね。

「演目は、基本的に三味線の一音から始まります。その瞬間、物語の情景が一気に立ち上がる」と燕二郎さん。

5将来の目標や
トライしたいこと

物語のクライマックスである「切場」を任される三味線弾きになるのが目標です。若手中心の舞台で、何度か切場を担当したことがありますが、上演時間も長く、高度な技術も求められるので、想像以上に大変でした。師匠方の偉大さを身を持って体感する機会となりましたね。いつか、本公演で演奏してみたいのは、江戸中期に生まれた名作『絵本太功記 尼ヶ崎の段』(えほんたいこうき あまがさきのだん)。「本能寺の変」に材を取った演目で、光秀を主人公に戦乱を生きる家族の愛、悲劇を描いた骨太のドラマです。まだ大それた夢ですが、大好きな三味線の音色を日々磨き上げながら、一歩ずつ精進していきたいと思います。

文/山口紀子 写真/竹田俊吾

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