文楽技芸員さんのお仕事、見どころ、聴きどころ。太夫編

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文楽技芸員さんのお仕事、見どころ、聴きどころ。太夫編

2021.11.5 update

vol.02

※この記事は2021年11月19日に掲載された情報です。
取材時から内容が変更している場合がございますのでご了承ください。

Contents

連載第2回は、「三業(さんぎょう)」のなかでも
語りを担当する太夫さんの仕事に注目。
まだ20代ながら、本公演に加えて、
様々な舞台にも積極的に挑戦している期待の星、
竹本碩太夫さんに話を聞きました。

1太夫の役割って?

文楽には太夫、三味線、人形の三業があります。そのなかで太夫は、登場人物のセリフを言ったり、情景描写をしながら、物語を展開していく役割を担っています。「三業のなかで誰が舞台を進行しているのか」とよく聞かれますけど、そこは「あ・うん」の呼吸で進行しており、誰かがリーダーシップを取るというわけではありません。
太夫は、基本的には1人で一段を語るので、何人もの登場人物の役を務めることになります。僕のような若手の場合は、「並びもの」といって太夫5人、三味線5人で演奏するような場を務めることが多いです。これは、どちらかといえば音楽的に聴かせる場面が多く、たとえば『忠臣蔵』〈仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)〉では全十一段あるうちの、八段目の「道行旅路の嫁入(みちゆきたびじのよめいり)」が並びものとなり、九段目のクライマックスを前にお客さんにひと息ついていただくような位置づけになっています。

太夫と三味線だけの「素浄瑠璃」(すじょうるり)と呼ばれる形式の舞台もある。
素浄瑠璃で熱演する碩太夫さん。

2この世界に入ったきっかけは?

僕は札幌市の出身で、小さい頃から両親に連れられて、実家の近くにある人形劇専門劇場に通っていました。小学4年生の時に、人形浄瑠璃の体験ワークショップに参加したことをきっかけに、同劇場で開設されている人形浄瑠璃サークルの中高生クラスに入りました。文楽の音源や映像を見ながら見よう見まねで練習するなか、中学2年生の時に初めて、文楽の地方巡業、札幌公演を観ました。高校3年生で、周りの友人たちが進路を決める中、小さい頃からやってきた人形浄瑠璃を職業にしたいと考えるようになり、国立文楽劇場の文楽研修生に応募しました。札幌では、太夫、三味線、人形すべてに触れていたので、三業のどれも好きですが、中でも義太夫節が好きで、生身の体(声)で表現する太夫の仕事に魅力を感じ志望しました。2年の研修期間を経て、竹本千歳太夫師匠に入門を果たしました。

「見台(けんだい)」は、戯曲と語り方を記した「床本(ゆかほん)」を置くための舞台道具。太夫が個人で所有し、碩太夫さんが持つ見台は10点ほど。(画像協力 竹本碩太夫)

3仕事の魅力や大変な点は?

太夫というのは、自分の声で、物語の世界を作りあげていくことが魅力であり、また大変なところでもあります。例えば、友人と喋っているときのような、ごく普通の会話を、大きな劇場で大きな声で表現しなければなりません。昔の名人の方の義太夫節を聞いて勉強すると、登場人物の着ている服、顔色、まるで心の内までも分かるようなのです。数式のように明確な答えがない世界ですから、お稽古するなかで迷うことも多々ありますが、師匠は「どっちが正解なんだろうと迷ったとき、苦しいと感じるほうが正解だよ」と仰っていました。義太夫節とは不思議な音楽で、美声だけでなく、しわがれたような声でも心地よく聴こえます。将来、僕がどのような声色の太夫になっているのか分かりませんが、僕がいますべきことは“筒”いっぱいに声を出すことだと思いながら舞台を務めています。お客様を前に、少しでも格好いいところ見てほしいなんて欲が出てしまいますが、まだまだその時期じゃない。今はとにかくお腹の底から大きな声を出して、そうしていく中で自然と、僕の義太夫節の声が出来てくるのだと思います。

舞台衣裳となる肩衣(かたぎぬ)と袴は、三味線弾きさんの分も太夫が用意する。
演目に合わせて色や柄を考える。

4太夫さんの
日常を教えてください

公演中は、早めに劇場に入って、楽屋の掃除などをした後に、稽古場で1時間ほど声を出します。開演30分くらい前になれば、師匠はじめ兄さん方(先輩方)の着替えの手伝いにまわります。師匠の舞台の最中は欠かさず床裏、(太夫と三味線が演奏している衝立(ついたて)の後ろ)で控えて聴いています。
ちなみに、太夫や三味線弾きさんが着る袴のアイロン掛けも太夫の若手の仕事なのですが、並びものの場合、中央に並ぶ太夫と三味線のお二人の袴だけアイロンを掛けるというのが慣例になっていました。ですが、どうしても気になるので全員分の袴にアイロンを掛けるよう心がけています。10人分だとそれだけでも3~4時間。僕がそれをすると後輩たちもやらざるを得ないので、迷惑していると思いますけど(笑)。
公演の前後には、床本(ゆかほん)を書き写したり、語りを覚えたり、もちろん稽古もやらなければいけないですが、空き時間には喫茶店でコーヒーを一服するのが好きですね。浄瑠璃からちょっと距離をとりたいなと思ったときには、神戸のジャズ喫茶にも足を運んでひと息つきます。そうでもしなければ、僕は浄瑠璃が本当に好きなので、浄瑠璃ばかりを聴いてしまい煮詰まってしまうのです。

御朱印集めも趣味だという碩太夫さん。研修生の頃は京都へも通い、今では地方巡業の折に寺社を巡るのだそう。

5将来の目標や
トライしたいこと

能、落語、浪曲、講談といった上方の伝統芸能の若手が集まったユニット「霜乃会」(そうのかい)に僕も参加させていただいて、それぞれの職業の声の出し方に触れ、日々刺激をもらっています。「霜乃会」の公演では、例えば寄席には行くけど文楽は初めて見ましたというお客さんも来られるので、こうした取り組みを大切にしていって、文楽に触れるきっかけをつくっていけたらいいですね。新しいお客さんの開拓というのは、若手も積極的に果たすべき役割だと思っていますので。
「霜乃会」では、僕の地元、札幌での公演も実現して、公演だけではなく子供たちのためのワークショップも行いました。僕自身、子供の頃に伝統芸能に触れる機会に恵まれ、刺激を受けて今がありますので、これからも全国の子供たちに向けた活動を少しずつでも増やしていければいいなと思います。

文/竹内 厚 写真/竹田俊吾

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