よう知らんけど日記

第129回 意識せずに済んでるってことがマジョリティってことなんや。

2020.6.9 17:28

カテゴリ:未分類

4月☆日 

2週間ぶりに電車に乗る。お昼の中途半端な時間ということもあるけど、かなり空いている。普段とは逆に、都心に近づけば近づくほど人が減っていく。電車内の少ない人は、全員マスク。このごろはマスクしてない人を見ることがほとんどない。地下鉄の出口から外へ出ると、お昼休みの終わりらしい会社員の人たちがそれなり歩いていてちょっとほっとする。仕事関係の用事で出てきたのだけど、人に会うのもかなり久しぶり。出版社もリモートワークのところが増えていて、社内に人の姿も少なくて、静か。編集の人と近況など話す。このころはもうイタリアやアメリカが大変なことになっていて、日本はこれからどうなるんだろうかと、ほんとうに先が見えない感じ。出版はとりあえず仕事としては通常とあまり変わらずに動いているのだけど、演劇や音楽や美術のイベントがみんな中止になって、そのジャンルで書いている人もいるし、そのジャンルのことも書くし、同じ文化の一員で親しい人も多いし、かなり厳しい話をいろいろと聞く。世界でいろんな人が日記を書いてますね、とイタリアの人たちがリレー形式で書いた日記が翻訳されているサイトなどの話をする。お互いに気をつけて、などと言って帰り道、夕方はそれなりに電車も人が乗っている。といっても、普段よりは少ないけども。人はいるけども静かな車内や駅で、その黙っている人たちからもなんとなく不安で耐えているような雰囲気が感じられ、それはわたしに震災の直後の東京を思い出させる。まだ原発がどうなるかわからず、先行きが不安だったころの東京。でも、あのときとはやっぱり状況が違う、とも思う。 

4月☆日 

緊急事態宣言、というものが出て、緊急事態になるらしい。学校が休校になったあたりから全体に自粛な感じで、自分自身もほとんど家で過ごしているから、今か、とも思うけども、お店などに大規模に休業要請が出されるようで、かなり影響が大きそう。もともと家周辺にいる生活で通勤もしていないところに、出かけることもなくなったから、街が今どんな感じになっているのか今ひとつつかめない。近所のスーパーはまたあれこれなくなった。今度は、肉や野菜まで空っぽになっている。今まで見てきた中でいちばんの空っぽ具合かもしれない。イタリアなどの厳しい外出制限が伝わってきてたから、完全に家から出なくてもしばらく生活できるようにみんな備えてるのやろうな。そうなると当然レジは長蛇の列で、スーパーもドラッグストアも働いてる人はほんとうに大変そうで、不特定多数の人に次々応対せなあかんし、すごい不安やろうなと思う。

4月☆日 

突然にいろんなお店や施設が休業になり、ツイッターを見ていると書店も次々に休業のお知らせが入ってきた。ドイツに住んでる人の報告で、結構厳しいロックダウンだけど生活に必要なお店は開いてて、書店も開いてると書いてあったので、どこかで本屋さんは閉まれへんもんやと思い込んでて、実際にその知らせを聞くとかなりショックだった。もちろん、自分に直接関係のある仕事だし、お世話になっている書店員さんのことや今までイベントやサイン本を置かせてもらうのに訪れたときの書店の光景とか思い浮かぶし、本を買えないっていうのも大きいけれども、なにかそれ以上に、自分にとって書店はずっとそこにあってくれるだけで安心するものというか、ほんまに大きな存在なんやなって痛感した。その一方で、だんだん感染者が増えていく中、大勢の人が訪れて混み合う場所やし、通勤もあるし、働いてる人は大変やったし不安やったやろうな、と思うと胸がつぶれそうになる。大きい本屋さんも、小さい本屋さんも、ほんとうに大事な場所で、当分休業になってどうなるんやろう、みなさんどうか無事に過ごしてほしい、と思うばかり。 

4月☆日 

外に散歩に行く。緊急事態になってから、近所の商店街は土日なんかはかえって人が多くなり、人を避けて住宅街のほうへ歩く。いつの間にか、木々も新芽が育ちまくってるし、つつじやら八重桜やらも咲きまくってるし、人間の事情に関係なく季節は進んでいってんのやなあ、と思う。住宅街はひっそりしている。公園にだけ、やたらと子供がいる。ちっちゃい子から中高生まで、こんなに賑わってる公園見たことないな、と思う。でもそこを過ぎるとまた静かで、みんな家にいてはるのやろうか、なにしてはるんやろうか、と思う。 

4月☆日 

天気が変わりやすく、気圧の乱高下がつらい。富士山が見えなくなってきて、夏の空気になってきたのやなあ、と思う。 

カレンダーを見ると、トークイベントや講演の予定が書いてある。3月に入ってからのイベントは全部なくなった(1つだけ、公開座談会だったのが公開じゃない座談会になった)。大阪にも帰ってるはずやってんけどなー、と行くはずだった場所のことを想像しつつ、しかしそういう予定も、4月後半からは入ってなくて、カレンダーもスケジュール帳も真っ白。すがすがしいくらい真っ白。書くほうの仕事はあれやこれやあって締め切りも次々にやってくるので忙しくないことはないのやけど、それでも時間がぽっかりあいてしまったような感じがする。 

4月☆日 

フルーチェを作る。休校で行き場のなくなった牛乳をたくさん使ってほしいということで、「蘇」っていう昔食べられてた牛乳を煮詰めたやつとかいろいろ言われてて、それで友人が牛乳寒天を作ろうとしたら失敗したというので、フルーチェやったら簡単やで、と言ってみたら自分が食べたくなった。ていうか今もあるんやろか、と思ってスーパーに行ったらちゃんとあり、「贅沢フルーチェ」っていう濃いやつもあり、さらにプリンエルとかゼリエースとかシャービックとか、子供の時に作ってたハウス食品の簡単にできるおやつシリーズがいっぱいあって楽しくなってしまった。そしてフルーチェは、何種類か作ってみてんけど、記憶よりもさらに簡単というか、ほんまに牛乳混ぜるだけやな!ってびっくりするぐらいすぐできて、そしておいしかった。それでついでに思い出した「クールン」ていう簡単にできるレアチーズケーキの素があって、ビスケット砕いてアルミホイル敷いたお皿にぎゅっと詰めるのやけど、あれがめっちゃ食べたい!と思って、検索したらこれもまだあってんけど、近所のスーパーには売ってない。売ってないとなるとめっちゃ食べたい。それから電子レンジで作るチョコレートケーキみたいなやつも昔よく食べてた気がするのやけど、それはなにか不明。 

4月☆日 

休業要請があってから、補償や給付金やら、政府の対策の話がいろいろ出てくる。最初は、お肉券とかお魚券とか、え、それネタじゃないん? みたいなことが次々出てきて、その度に批判があって、ちょっとずつマシな案になっていくのやけど、それにしてもそこで見えてくる日本社会の問題みたいなものがしんどい。震災の時にも、何かあると問題が起こるというよりはそれまであった問題が拡大されるのやって思ったけども、今の行政がなるべく個人にはお金使わないで、自分たちを支持してくれる大企業を優遇してるっていうのがよくわかる。それに、やたらと「世帯ごと」っていうのが出てきて、これはほんまになんとかせなあかんと思う。現状の実際の人々の暮らし方や家族のあり方とずれてるのに、制度ありきになってるのは無理がある。世帯や世帯主を中心にした制度と、今回の事務手続きと直接つながってはないけどその価値観やシステムを支えてる戸籍制度って、必ずそこから外されてて支援が受けられない人が出てくるし、世帯の中での不平等というか、お金を受け取るときにできてしまう上下関係とか、すごく問題が多い。事務手続きを減らすためというのは一理あるようで、結局は事務作業する人が目視で確認するから変わらないという話も聞く。世帯主義なのはほんまに変えてほしいし、戸籍制度は早くなくしてほしいと思う。正直いって、戸籍って差別以外になにか役に立つことあるんかな、とさえ思う。似たような戸籍制度があった台湾や韓国も廃止してるし、住民登録的なものだけで十分やん。戸籍って、本籍はディズニーランドや皇居にしてもいいみたいないい加減さで、戸籍筆頭者は死者ってことがあるのもなんか謎やし、いろいろようわからんものやのに、無戸籍で存在しないことになってて学校にも行けない子供がいたり、差別につながることだけはものすごく融通がきかない。制度も社会も人のためにあるはずやのに、人を苦しめるためにあってどうするん、と思う。「いや別に困ったことないし、それが伝統や日本の家族観でしょ」、と言う人もいるかもしれないけど、人って困ったことがないとそのことについて真剣に考えることは少ないし、困ってるって言ってる人がいるのに困ったことがなくて意識もしたことがないっていうのは、その制度の恩恵を受けてるというか、利がある側なんよね。いろんな格差について、特別に優遇されてるとかじゃなく、困らない、意識せずに済んでるってことがマジョリティってことなんや、ってそれは自分も常に忘れたらあかんなと思う。 

4月☆日 

フルーチェやらプリンエルやらを作ったことで調子に乗り、パンを作ってみる。1月に炊飯器を買って、炊飯器でできるパンというのをやってみようとして、やる気だけはあったけど強力粉やらイーストやら買ってこなあかんのかーと放置してたのを、今ちゃう? と思ってやってみた。わたしは基本、雑でてきとうな性格なので、お菓子とかきっちりせなあかん料理は向いてないっていうか、10年ぐらい前にそれがわかってすっきりあきらめたのやけど、簡単にできるみたいなことが書いてあるので、そんなんいうて簡単ちゃうねんでということはわかりつつ、やってみた。今までの失敗もふまえて、ちゃんと量りも買ってあって、きっちり量った。結果。まあ、失敗でもないし、それなりにおいしかってんけど、なんかちゃう。パンぽくない。いろいろ検索した結果、こねるのが足らんらしいのと、発酵時間が長いか短いか(はい、てきとうやね)。結論としては、待つのが死ぬほど嫌いな人間にはパンは作れない、です。 

4月☆日 

近所を歩くと、飲食店はかなり休業が増えてる。テイクアウトを始めてるお店も増えてるけど、普段の営業に比べたら慣れないことは大変やろうし、いろいろ難しいやろうな、と思う。わたしは賑やかなとこが好きで、自分が行かなくても、お店が人でいっぱいで飲んだり食べたりしゃべったりしてはって、そういう街の中に自分がいるってことにすごい安心してたんやなあ、というのがようわかった。昼間はそこそこ人がいるけど、夜8時過ぎると終電後みたいに真っ暗で、なんとか早くこの状況が終わってほしいと心底思う。

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柴崎友香(しばさき・ともか) 1973年大阪生まれ。映画化された『きょうのできごと』で作家デビュー。2007年に『その街の今は』で第57回芸術選推奨科学大臣新人賞、第23回織田作之助賞大賞、第24回咲くやこの花賞受賞。2010年に『寝ても覚めても』で第32回野間文芸新人賞受賞。2014年に『春の庭』で第151回芥川龍之介賞受賞。著書に『青空感傷ツアー』『フルタイムライフ』『また会う日まで』『星のしるし』『ドリーマーズ』『よそ見津々』『ビリジアン』『虹色と幸運』『わたしがいなかった街で』等多数。
公式サイト:http://shiba-to.com/

権田直博(ごんだ・なおひろ) 1981年大阪生まれ。画家。さまざまな手法を使って作品を作り、すべてを絵ととらえている。風呂からパブリックスペースまで幅広く活動中。
キレイ:https://naohirogonda.tumblr.com/
風呂ンティア:https://frontier-spiritus.blogspot.jp/

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権田直博(ごんだ・なおひろ) 1981年大阪生まれ。画家。さまざまな手法を使って作品を作り、すべてを絵ととらえている。風呂からパブリックスペースまで幅広く活動中。
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