名脚本家・荒井晴彦 18年ぶりに監督
2015.8.10 19:00

かつて名匠・神代辰巳と組んで『赫い髪の女』(79年)や『嗚呼!おんなたち 猥歌』(81年)などのロマンポルノの傑作を生み、一般映画でも『遠雷』(根岸吉太郎監督・81年)、『Wの悲劇』(澤井信一郎監督・84年)など数多くの名作を執筆。日本を代表する脚本家の荒井晴彦が、18年ぶりにメガホンを取った第2作『この国の空』が8月8日から公開される。なぜ今この題材で、また自身で演出することになったのか、話を訊いた。

18年ぶりにメガホンを取った荒井晴彦
18年ぶりにメガホンを取った荒井晴彦画像一覧

「日本人は戦争を自然災害のように思ってしまっている」

「原作(芥川賞作家・高井有一の同名小説)は静かな物語で、荒井が書くものとは異質じゃないかと言われるんだけど、実はこういう小説が好きなんです。昭和20年の東京で、まもなく本土決戦、一億玉砕で死んでしまうというなか、隣家の男性と一線を越えてしまう娘の話。戦争が終わったとき彼女のなかでは、終わってうれしいけれども『え、終わってしまうんだ・・・』という『うれしいが、しかし』っていう反語的な感情があった。どうせ死ぬからと思っていたのが生き残り、隣家の男性には疎開させていた妻子も戻ってくる」

「彼女にとって、うれしくない戦後が始まるわけです。そこに僕たちが生まれ生きてきた戦後に対する疑義、検証を重ねられないかと思った。日本人は戦争を自然災害のように思ってしまっているところがある。だから、台風一過、過ぎてしまうとすぐに忘れてしまう。原発再稼働もそうです。それは責任の所在をはっきりさせなかったから。戦争を始めた責任と後始末としての戦後責任を追及しなかった。それが、憲法無視の今の日本につながっている。そういうことを一人の娘の”戦争”で見つめさせたかった」

© 2015「この国の空」製作委員会
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昭和20年、東京。激しさを増す空襲に怯えながら、自分は男性と結ばれることなく死んでしまうのだろうかとジリジリとした想いで19歳の夏を過ごしているヒロインを二階堂ふみが演じる。隣家に住む男を演じるのは長谷川博己。雨、川、神社の手水、井戸・・・、水を効果的に用いて、盛夏のうだるような暑さのなか、どうしようもなく身体を火照らせていく娘の姿を捉えていく。

「なにかというと水を飲んでるし、ワンパターンだよね」と本人は笑うが、二階堂があるシーンで見せる、内側の心情を体の動きで表す演技は神代監督を思わせるものもあり、ロマンポルノからのファンをニヤリとさせてくれる。そして、終戦間近の一夜、ヒロインは庭に実ったトマトをもいで井戸で洗い、ある決意と共に隣家に持っていくのだが、そこで近年の荒井脚本作品ではおなじみの下田逸郎の音楽がかかる。今回は彼の歌を挿入歌や主題歌として使うのではなく、彼自身が作品全体の音楽を担当している。

「あのシーンでかかる曲は、神戸のチキンジョージで録ったものです。下田の要望で、今回の音楽はチキンジョージと東京目黒のAPIA40という、2カ所のライブハウスで録音しました。下田も張り切ってやってくれて。ただ、あのシーンでは”行くぞ、行くぞ”っていう女性の気持ちがちょっと出過ぎているからもう少し抑えようって言ったんだけどね(笑)」

© 2015「この国の空」製作委員会
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「日本の映画は考証がどんどん駄目になってきている」

この映画には空襲で焼かれた死体も軍服を着た兵隊も出てこない。その代わり、実は当時、油を採るために栽培が奨励されていたひまわりが小道に咲き乱れ、また多くの児童が疎開してすでに街から子どもたちの声が消えていたという、ちょっと調べたり考えたりしたら解る、本当の昭和20年の東京が描かれている。

「できる限り、リアリティにはこだわりました。今、20歳の学生にシナリオを書かせると、生まれた時からあるものだから、1970年代や60年代の話にもペットボトルを登場させてしまう。酒はサワーとかウーロンハイ。かつての日本映画なら、小津や成瀬といった巨匠たちの作品でなくとも、人の佇まいや日常の暮らしについて、きちっと描かれていた。外国に比べて日本の映画は考証がどんどん駄目になってきているように思いますね」

「自分たちが戦争のことを書かなければ⋯」と語る荒井晴彦監督
「自分たちが戦争のことを書かなければ⋯」と語る荒井晴彦監督画像一覧

今回18年ぶりにメガホンを取った経緯についても、「根岸吉太郎に声を掛けたら、いいホン(脚本)だと思うけど、今、誰が観るのって。そうしたら以前に脚本を渡していたプロデューサーから、戦後70年公開でやりましょうと。監督も自分でやればいいじゃないですかって言われたんです」と、大まかなことしか語らないけれど、『戦争と一人の女』(13年)など、近年の仕事は戦争を題材にしたものが多いのは何故ですかと訊いたときの答えにチラリと真意がのぞいた気がする。「02年に笠原和夫さんの本(『昭和の劇 脚本家笠原和夫』)を作ったことが大きいよね。本ができてすぐに笠原さんが亡くなってしまい、さらに笠原さんと『仁義なき戦い』を作った深作欣二監督も後を追うように亡くなった。あの2人が亡くなったあと、自分たちが戦争のことを書かなければ後の世代になにも伝わらないのではないか、と思ったんです」と。

18年ぶりの監督第2作については「もっと早く撮ればよかった。ブランクが長いと、心も頭もなかなか現場風にならなくて大変でした」と笑って答えてくれた。脚本家・荒井晴彦の監督第3作は意外に早く観ることできるかもしれない。期待して待ちたい。

取材・文/春岡勇二

映画『この国の空』

2015年8月8日(土)公開
監督:荒井晴彦
出演:二階堂ふみ、長谷川博己、富田靖子、利重剛、ほか
配給:ファントム・フィルム+KATSU-do
2時間10分
URL:http://kuni-sora.com

荒井晴彦(あらい・はるひこ)
1947年生まれ、東京都出身。脚本家、映画監督、季刊誌『映画芸術』発行人兼編集長。1977年、日活ロマンポルノで脚本家デビュー。以降、本文中の作品のほか、『キャバレー日記』(根岸監督・82年)、『ダブルベッド』(藤田監督・83年)、『KT』(阪本順治監督・02年)、『ヴァイブレータ』(廣木隆一監督・03年)など、多数の脚本を手掛ける。近年は、『共喰い』(青山真治監督・13年)、『海を感じる時』(安藤尋監督・14年)、『さよなら歌舞伎町』(廣木監督・15年)など。キネマ旬報脚本賞ほか、多数の受賞歴を誇る。

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