関西人も知らない関西弁「みずや」、その意味と由来

2021.6.28 18:45

大阪・通天閣

(写真4枚)

時折、ツイッターのトレンドに浮上する「#超大阪人にしか分からない関西弁クイズ」。「せやかて」「遠慮のかたまり」などの定番関西弁が出題されるなか、ふと「『みずや』って、こういうクイズで見たことないけど、関西弁・・・?」という疑問が頭に浮かんだ。

母がよく食器棚のことを「みずや」と呼んでいたので、すっかり食器棚の別称かと思い込んでいたのだが・・・、20代の友人に聞いてみたところ、聞いたこともないという。Lmaga.jpのツイッターで「『みずや』って方言なんですね、みなさん意味わかりますか?」と問いかけてみたところ、「食器棚ですよね、関西人で使いますよ」といった意見が多いなか、「関西ですが使わないです」、「島根のおばあちゃんが使っていました」、「九州ですが、おばあちゃんは使いますよ」といった意見も。

さらには、「小さな食料庫の意味では?」「台所全体を指す言葉だと思ってた」や、「茶道用語なので方言ではないですよ」という意見も多数あり、もはや本来の意味が怪しげに。こうなったら徹底的に調べよう! と、方言を研究されている神戸女子大学文学部の橋本礼子さんにコンタクトを取ってみたところ、取材に応じていただけることになった。

撮影に協力いただいた西天満の骨董品店「ANTIQE JOY NAKURA」。写真の水屋は滋賀・京都地方でよく見られる形のもの、8万8000円

「みずや」という言葉の成り立ち

——さっそくですが、「みずや」ってどういう意味の言葉ですか?

まず、「みずや」という言葉には、食器棚・台所・寺社の入り口にある手水場・茶の湯の「水屋」・洪水多発地帯の避難小屋・・・などさまざまな種類があります。

——いろんな種類があるから、SNSで異なる意見が寄せられたんですね。元は同じ由来だったりするんでしょうか。

すべて同じ由来とはいえませんが、「水」に関係のある「屋」という発想でのネーミングという点では似ています。「みず」も「や」も基本的な語なので、水に関わるものに「みずや」という名称がつけられることは自然なことです。江戸時代には飲料水を運んで売る人も「水屋」と呼ばれ、江戸後期には冷水に白玉と砂糖を入れて売る人も「水屋」と呼ばれたそうです。

茶の湯用語との深い関わり

——意味が多いのも納得です。茶の湯の用語というのも同じ由来なんですか?

そうですね。茶の湯において、「水屋」は茶室に必ず併設される重要な施設です。「勝手」「勝手水屋」とも呼ばれる台所的なスペースで、「はしり」と呼ばれる流しや、「水屋棚」という道具をしまったり茶巾を掛けたりする棚があります。この施設全体、または「水屋棚」を指して、「水屋」と呼びます。

——あれ?「棚」がでてきましたね。食器棚として使われる「みずや」と関係があるんでしょうか。

はい。昔は家のなかで「台所」を取り仕切っているのは女性・・・というジェンダーの在り方でした。ですから、花嫁修業として必ず学ぶほど茶道の社会的地位が高いころ、茶道の言葉が台所関係の語彙に影響を与えたこともおかしくないと思われます。

——なるほど! 「食器棚」という意味は、茶道用語からの派生なのですね!

お茶の道具を整理する「茶箪笥」「水屋箪笥」と呼ばれる小さめの箪笥が作られるようになり・・・さらにそこから時代が下り、都市のインフラなどの変化に伴い台所の形態が変わっていきます。流しの設備・加熱器具の設備とともに、茶道の「水屋棚」のような機能を持った家具が日々の食器をしまうために導入されていき、「水屋」と呼ばれるようになったと考えられます。近代的な台所が形成されていく過程で、食器を収納する家具として「水屋」が浸透していた時期があるということでしょう。

元々は蠅帳だったという戸部分。劣化により、いまは板にリメイクされている

——言葉一つですが、日本の歴史が深く関わっていて面白いですね・・・! そういえば、「食料庫」と言っているひともいました。

「蠅帳(はいちょう)」という、網付きの引き戸がついている食器棚もあり、冷蔵庫のない時代はちょっとした食べ物をここにしまっていたのです。文学作品より用例しますと、「『夜中におなかがすいたら、水屋の中に餅がはいってますから・・・』勝手に焼いて食べろ、あたしは寝ますからと降りて行こうとするのを呼び停めて、」(織田作之助『世相』より)という記述があります。ここの「餅」は水屋の蠅帳のところなどに入っているのでしょうね。

大阪弁?全国区言葉?

——それであの・・・「みずや」って大阪弁なんでしょうか?

残念ながら・・・台所や食器棚を意味する「みずや」が全国区の語形なのかは分かりません。全国的な方言分布を一望できる方言地図が多数作られているのですが、「台所」や「食器棚」に相当する諸方言の形式をまとめた地図は見た限りではないようでした。
ただ、『日本方言大辞典』(発行:小学館)にはある程度方言の情報が入っており、食器棚の意味で「みずや」類を使っている地域は西日本に多いことが分かりました。先出の織田作之助の作品は多くが大阪を舞台としていますので、西日本に広く使われた言葉だといえます。東日本では、「炊事場」や「流し場」の意味での「みずや」が多いようですね。

——教えていただいたことをまとめると、『水に関わるものに「みずや」という名称がつけられることが多い』『茶道の影響で、家庭の台所や食器収納家具が「水屋」と呼ばれることがあった』ということですね。

近代以降に、家庭の婦女子の啓蒙を目的として出版された『婦人家庭百科辞典』(発刊:三省堂・1937年)で、茶道用語が当時の「婦女子」にとってどれくらい常識だったか・・・を確認するために見てみました。「茶」「茶入」「茶会」・・・と茶道関係語が非常にたくさんあり、近代の・・・とくに戦前の女性たちには茶道の心得が大変重要で、共通の知識として「水屋」があり、そうした「水屋」が東では「台所」「炊事場」として、西では「食器棚」として方言化したといえそうですね。

——ちなみに、橋本さんは知っていましたか?

山口県の私の母も、昔は「みずや」と言っていました。しかしその子どもである私は聞いたらわかる程度で、「みずや」を全く使いませんし、食器棚を今風のものに買い換えた1980〜1990年ごろからは母もあまり「みずや」と言わなくなりましたね。

——消えていく言葉があるのは、少し寂しい気がしますね。ありがとうございました!

撮影に協力いただいた骨董品店「ANTIQE JOY NAKURA」の名倉さんによると、水屋はさまざまな形があり、戸のデザインなどが地方によって異なるという。「『大阪水屋』や『京都水屋』など、家具好きが見れば一目でわかります」と教えてくれた。

明治時代の骨董家具などを取り扱う名倉さん

また、海外からの需要も高く、海外向けの書籍も多数。誌面には「Kitchen Cupboards」と示されていたが、名称を変えて海外にもその歴史は広まっているようだ。

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