黒沢清監督「映画の力を信じてます」
「往年の映画がそう、という刷り込みがある」(黒沢監督)
──このシーンの後ろにはずーっと不穏としか言いようのない謎のサウンドエフェクトが聴こえますよね? シャッター音のようなエンジン音のような風音のような、何の音か分らないのですけれども、同時録音ではありえないものが。
そうです。そうなんですよね。
──何の音なんですか?
いろいろです。ただ、あまりにも非現実的であったり、あまりにもドラマとかけ離れた音は入れていないつもりです。なぜなら、あそこは大学なので、映ってない場所でもいろんなことが行われていておかしくない。何かやっているだろうという想定のもとにいろんな音が入ってるという。すいません(笑)。
──いえいえ、楽しかったです。今回の音楽はオーケストラでしたけれども、フルオーケストラでガンガン鳴らすというよりも、管楽器と弦楽器の低音にパーカッションを被せるとか、音数を限定した曲がいいですね。
これはなかなか難しいんです。音楽を決定するのはあくまでも僕の感覚なので、絶対にそうである必要はないんですが、生のフルオーケストラで音楽を作りたいというのが基本にあって。それは、「往年の映画がそうだから」という理由で刷り込まれているんですけど、大映でも松竹でも、60年代くらいまでの映画ってちっちゃなホームドラマのようなものでも生のフルオーケストラしかないんですよ。
──そうですよね。
ただ、ジョン・ウィリアムス(『スター・ウォーズ』『E.T.』などで知られる映画音楽の第一人者)みたいにすべての楽器が鳴り響いているようにすると、「宇宙空間じゃないんだから、いくらなんでも近所でこんな曲流すんじゃねぇ」みたいな違和感もあってですね。それは少し慎みながら、でも、効果的な楽器が効果的に聞こえるように、生のフルオーケストラの豊かな情緒性は活かすということで。後は音楽の羽深由理さんにお任せしました。
──今回は基本はリアリズムとしても、いきなり逸脱するところが何カ所もありますね。判りやすいのは西野家の屋内セットですけれど、あの何の変哲もない玄関からどうやってあの部屋に繋がっているのか(笑)。改装したんだとしても大工事すぎやしないか。反リアリズムすぎてひきつり笑いしてしまいます。
そのあたりも試行錯誤しまして。本当にあったいくつかの事件を参考に原作も書かれていますから、これを生々しく、いわゆる文字通りのリアル、本当の事件そっくりに作ることができなくはなかったんです。ただ、果たしてそうするべきなのかという迷いもあって。それはそれで強烈に生々しい映画になったかもしれませんが、僕が思う娯楽映画からはだいぶ離れていくんです。後半に進むに従って、観てる人もどっかで「これはダーク・ファンタジーなのかな?」と思うように、徐々に路線をズラしていったというのはあります。陰惨な話をフィクションとして楽しめるようにお客さんに提示するには、生の手触りではなく、少し非現実っぽい方に寄せていこうと変えていきました。
──ひとつの陰惨な事件が終わって、エピローグに流れていこうとする繋ぎの車内シーンで、突然リア・プロジェクション(映画の特撮技法で、合成技術のひとつ。プロジェクター合成とも)ですか。バックガラスの向こうの空を黒雲がむくむくと覆っていく(笑)。
これも少し迷ってはいたんですが、香川さん演じる西野という役が撮っていくうちに愛おしくなってきたんですよ、僕のなかで。だから、彼に対する愛おしさを・・・なんか、それまでの流れを断ち切るかのように、ダーク・ファンタジーを通り越して、西野の心象風景みたいなものにしちゃった方が彼らしいなというような思いが出てきまして。多少非現実っぽくはしようと思っていたんですけれども、そこはもう思い切ってやっちゃえ、と。
──1950年代の「フィルム・ノワール(悲観的、退廃的な指向の犯罪映画)」に何故か多い車の移動シーンを思い浮かべますし、もっといえば鈴木清順さんの『俺たちの血が許さない』(1964年)で、小林旭と高橋英樹が荒海のなかを走っているようにいきなり切り替わるシーンとか。西野の家の玄関の造りなんかも『野獣の青春』(1963年)ぽいなあと思ったりしましたが。日常から突然、非日常に突入する感じも含めて。
ええ、清順さんほど思いっきりはできなかったんですけれども。でも、かつての映画では意外と平気でそういうことあったんですね。そう分かりつつ、お客さんは普通にそれを楽しんでいたし、今だって極端にやるとみんなびっくりするかもしれないですけど、『クリーピー』くらいだと一般の人は多少変だなと思っても、ことさら異議を唱えないと信じて僕はやりました。映画の力はこれぐらいあっていいんだと信じてます。大丈夫なはずです。怖いですけど(笑)。
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