黒沢清監督「映画の力を信じてます」
「映画は、先へ先へ進んでいった方が面白い」(黒沢監督)
──犯人像も原作からかなり変えられてますね。動機であったり人格であったり。そういう小説なんだから当然ですが、明らかに原作はミステリー寄りになっている。
ざっと言うと、映画にしたのは前半部分ですね。過去の因縁が複雑に描かれる後半もそれはそれで非常に面白いんですけれども、それをやっていくととても1本の映画に収まらなくなりますので、思い切って因縁や種明かしの部分は無くしてしまったんですね。
──西野の過去など、ほとんど描かれてないに等しいですしね。
僕、そういったところにあまり興味がないんですよ。
──よ~く分かります(笑)。
そんなこと言っちゃうから、普通の人間が犯した犯罪だと言いながら、だんだん「物の怪」の方に傾いていくのかも知れないのですけれども(笑)。理由も最低限必要だとは思いますが、映画って理由を表現するのがあまり上手くない・・・説明にはなっても、その描写そのものが面白くなるとは限らない。やっぱり映画は、「その先どうなる? そして、主人公はどうする?」という、先へ先へ進んでいった方が面白い。それでも疑問が残るところは最低限説明が必要なんですけれども、「何故」よりも「そしてどうなる?」の方が映画にとっては重要なのかな、と思い切ってこういう形式にしました。
──竹内結子さん演じる康子が、西野にだんだん取り込まれてしまう理由も説明されないですよね。もともと原作にはまったくない要素だから西野がどういう策を弄しているのかは分からないけれども、ある種の魅力を持った男なんだろうな、というのは察しがつく。
これは難しい判断だったんですけど、実は最初の脚本では、その過程を事細かに描写したヴァージョンもあったんです。しかし描写したところで、やはりそれは説明に過ぎないし、「こんな風にして取り込まれたのかぁ・・・それで?」っていうぐらいなもので。かつ、主人公・高倉演じる西島秀俊は、かつての同僚刑事・東出昌大と組んで、別の6年前の事件を追ってる。映画としてはこっちが主軸だから、説明でしかないものは思い切って省こうと、今の形になったんですね。
──映画とはまずアクション、ですからね。そういう部分を支えているのが黒沢組常連のスタッフさんだと思うんです。今回もカメラの芦澤明子さん、照明の永田英則さんはじめとするみなさんが、こんな禍々しい題材でありながらも楽しんでる空気を感じます。
毎回ですけども、まあ、楽しんでましたね。もちろんカメラを向ける中心に俳優がいて、それは非常に重要であることは間違いないんですが、映画っていうのはいろいろな要素で成立していますから。俳優の演技を中心に据えつつ、その後ろにいろんなものが映ってきて、俳優の演技を補強したり、あるいは俳優の演技とは違う裏切りのようなものとか、さまざまな表現が役者以外のところでできるはずだと信じておりまして。美術とか、カメラの動きそのものとか、光が差してくるのかこないのか、ということを楽しみながら、まぁ、気にならない方はまったく気にならないでしょうが、気付きだすとすごくその辺が複雑で、これが映画表現の豊かさかなぁと思ってやっております。
──例えば今回、黒沢組の真骨頂が発揮されるのは、6年前の事件の唯一の生存者である早紀(川口春奈)が、高倉の職場である大学で記憶を証言するシーンですね。もう、カメラも音響も照明も気になって仕方ないわけですよ(笑)。それがたまらなくスリリングで。
あそこは結構チャレンジというか、思い切ってやってしまいました。過去の説明シーンなので、うんと説明していいんだと。たぶんフラッシュバックで過去を見せる手もあるんですが、それよりも現在形で、それを語ってる人を撮って、その声を聞いている方がより過去のことを観客が想像できるのではないかと思って。でも(画面上)やっていることはただ俳優が動きながら喋っているだけなので、それ以外に映ってくるもので過去に起こったことをより鮮明により大きく、観客の心が想像できるように、あの手この手で工夫して。ま、とても楽しみながら。大変な撮影でしたけど(笑)。
──長回しワンカットで、話している途中でいきなり露出が下がったり、かと思うと、話者の横に固定マイクが用意されているにも関わらず、その話者が違う机の方に歩き出す。カメラが追うと、その先にも別のマイクが用意されているという(笑)。複数のマイク音声をミキシングするのであろう男も映っていますが、もうこれは映画の嘘としか言いようがない。
いろんなパートがあって、全員そろって1本の映画を撮っている。僕は贅沢に、できる限り全員の力を使いたいんですよね。俳優の力だけに頼ってしまうのでは、もったいない気がするんですよ。せっかく照明の人もいて、美術の人もいて、移動の人もいて、やっぱり全員で総力を結集してやれることはいろいろやると、より映画の力が出てくるはずだと信じているんです。
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