杉野希妃、20代の初監督作品は「溝口映画に引っ張られる」
現代の女性への差別的発言が横行する社会への皮肉を込めながらも、あるがままの自分を受け入れようともがく人間たちを描いた映画『マンガ肉と僕』。メガホンを撮ったのは、プロデューサーとしても活躍する女優・杉野希妃。
]三浦貴大演じる気弱な大学生・ワタベは、肉の塊のような容姿の熊堀サトミにつけ込まれ、寄生されて奴隷のように扱われるが、熊堀から逃れると同時に付き合った菜子に次第に寄生していく・・・という物語だ。撮影時はまだ20代だった杉野監督、その映画へのほとばしる情熱を評論家・ミルクマン斉藤が直撃した。
取材・文/ミルクマン斉藤
「初監督作品だし、やりたいように・・・」(杉野希妃)
──僕がこの作品を観たのは杉野さんの監督2作目『欲動』(2014年/釜山国際映画祭・最優秀新人監督賞を受賞)を拝見する少し前、2014年の『東京国際映画祭』だったので、ようやく待ちに待った公開となるわけですが・・・実際に撮影されたのは?
2013年の9月です。原作が同年4月に『女による女のためのR−18文学賞』大賞を獲ったんですが、その直前にお話をいただいて。「『R−18文学賞』シリーズ映画化の監督を探しているんだけど、候補作に好きなのがあったら、杉野さんどう?」って訊かれたんです。で、読んだなかで、朝香式さんの『マンガ肉と僕』がいちばん面白かった。現代社会も投影できそうですしね、なんて言っていたら、その数日後に大賞に決まって。これはもう、神様に映画化しろと言われているんじゃないかと勝手に思いまして(笑)。で、半年後にはもう撮影していたという。
──早っ!(笑)今回、映画を再見する前に原作を読んだんです。単行本化されたものは、大賞となった作品を土台とした連作短編集になっていて。そこでは『マンガ肉と僕』の登場人物は、この映画とは全然違った展開になっていますね。
そうなんです。撮影時には始めの一章分しかなくて。続きに「アルパカ男」が出てくるというのは(原作者から)何となくは聞いていたのですけれど、どういう話なのか判らなくて映画は映画で話を勝手に膨らませました。
──よくぞここまで膨らませたな、という感じはありますね。ジェンダー的なテーマも映画ほど原作には無いし。
そこまで強くはないですね。ただ原作を読んだとき、この主人公・熊堀サトミが過去にいろいろあって、太ることで抵抗して、で、また痩せたという、そこだけ抽出するとすごく共鳴するところがあったんです。菜子の気が狂ってしまったというのも描写はされておらず、事実だけが書かれているんですけど、そこも膨らませたら、寄生の話に繋がっていくんじゃないかなぁと思いまして。
──この映画はある種、最初は男が女に寄生される側だったのに、その男が別の女に対しては寄生する側になっていく、そういう物語ですからね。でもね、僕がこの映画を最初に観たとき思ったのは、なんてカッコいい映画なんだろう、ってことなんですよ。
すごいうれしい! うれしいです。
──男性性がいまだに支配するこの世のなかに抗いながら生き続ける熊堀サトミは、まあ寄生される方からすると迷惑極まりない女ではあるけれど(笑)、生き様という面ではカッコいいといえる。文字通りのマンガ肉をがっつきながら(笑)。あれも原作では単にマンガ肉に似せたコンビニの骨付き唐揚げですよね。
映画では肉屋で売っているという設定にしていますが、小さいのじゃインパクトないですから(笑)。
──でも、この映画のトーンなら、普通の唐揚げでも成立しなくもない。でもあえてギャートルズ風のマンガ肉、という馬鹿馬鹿しさがいいんですよ。でも、男からすると、より熊堀サトミがカッコよく見えてくるのは板前修業してからかな。それにしても、よりによって板前とは(笑)。
原作では、バーの店長さんでしたけれど、大胆に和風に変えました(笑)。
──でも、女性性で勝負しないサトミに対して理解がある先輩板前や、しなやかな女性特有の資質で生きてもいいのよと言ってくれる女将さんを登場させたりして、もはや「男 vs 女」という時代ではないということを、次第に受け入れていくようになってからが、よりカッコよく思えてきます。
そこはしっかり出していきたいなと思って、ああいう人物を加えたりしたんです。とにかく言いたいことを入れまくりました。ここまで入れこんでもいいのかなと思いながら(笑)。初監督作品でやりたいようにやらせていただいて、それを許してくださった吉本興業さんや朝香さんには感謝しています。
──それに僕がカッコいいと思うのは、主人公の男・ワタベもなんですね。彼って世間的にはダメ男と判断されるかも知れないんだけど、うんと肯定的に認めきってしまえるんですよ。彼は彼で熊堀サトミの不器用極まる生き方や自分が蒙った悪夢の体験を反芻しながら、人を食いものにしていかなければ生きていけない世のなかで、自分なりの術を見つけようとしている。
脚本は、和島(香太郎)さんと話し合いながら一緒に練っていきました。「男に抗う女たち」というテーマで、熊堀は現代を、菜子は過去を、サヤカは未来をイメージしながら、まったく異なる3タイプの女性を出して。そういう感じでキャラクター造形をして、こういう台詞を入れたいというところまで細かく話しながら。基本は和島さんに書いていただいて、私はその都度かなり意見させてもらいました。
──この映画を最初に観たとき(2014年秋)、三浦貴大さんが今までにない演技や表情を見せているのに驚いたんですよね。もちろん、この前にも『ふがいない僕は空を見た』(2012年)とかテレビドラマ『キルトの家』(同年)などありましたが、この映画のあと、めきめきと売れ出して。2015年なんか、いったい何本出てたことか。なんか、この映画でステップアップした感があるんですよね。
いやいや、この撮影のときにはすごくお忙しかったですよ。でもそう言っていただけてうれしいです。
──で、さらに徳永えりさんがね、彼女史上かつてない凄味を見せてると思うんです。
私もそう思います。今までにない徳永えりを引き出せているのではないかと自負しています。私は監督するとき、女優さんから如何にいい演技を引き出せるかが、ある種勝負だと思っていて。それができなければ、自分が監督する意味がないというか。どれだけ信頼し合って、どれだけ現場でぶつけてもらえるかは、同じ役者である私が監督する上でかなり大切ですね。
──もちろん物語の軸にあり、中心的な命題を担うのは女性陣のなかでは希妃さん演じる熊堀だとは思うのですが、一番抽象的な役柄でもありますよね。より具体的な「女」を感じさせるという点で目立つのは、むしろ徳永さんであり、ちすんさんなんです。
その通りだと思います。
──徳永えりさんが出町柳駅のプラットホームでうずくまって絶叫するシーンは鬼気迫るものがありますね。
あのとき、彼女は本当に入りこんじゃってて。2テイクやったんですけれども、1回目は電車が来て、乗客のみなさんがカメラ目線になるなかで絶叫のタイミングが来てしまって。使えるといえば使えるけど、「もう一度やりましょう」と撮ったのがあのOKカットなんです。
「もっとこういう動きにして」と伝えたときも、彼女は(役柄の)菜子の状態で聞いているんですよ。虚ろな目で、心ここにあらずみたいな感じなのに、演技では正確に修正されてるので驚きました。そして、カットをかけたら、泣きすぎて過呼吸になるほどだった。あの徳永さんは神がかっていたし、すごい役者さんだなと思いました。こんなに役に入りこんでもらえる監督は幸せものだなと。
杉野希妃
1984年3月12日生まれ、広島県出身。慶應義塾大学在学中にソウルに留学。2006年、韓国映画『まぶしい一日』宝島編主演で映画デビューを果たす。2012年の『おだやかな日常』(内田伸輝監督)が、『沖縄国際映画祭クリエイターズ』ファクトリー部門で最優秀ニュークリエーター賞と最優秀主演女優賞、日本映画プロフェッショナル大賞の新進プロデューサー賞を受賞。
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