河瀬直美の新作「初めての気持ち」

2015.5.28 20:42

インタビューに答える河瀬直美監督

(写真4枚)

演技を超えた「生き様」を写す繊細な映画作りで、国内外から高い評価を集める河瀬直美監督の新作『あん』が公開される。本作は、2015年『カンヌ映画祭』の「ある視点部門」オープニング作品。映画祭に出発する前日、多忙な監督を直撃した。

これまでオリジナル脚本を常としてきた河瀬作品。しかし、この『あん』は初の『原作もの』に。さらに、無名の役者(または素人)が多かった主要キャストも、樹木希林や永瀬正敏といった大物を起用した。これまでの手法から大きな改革を遂げたが、当初は撮影監督をはじめ、初顔合わせのスタッフも多く、混乱もあったという。「俳優の様子を見て、予定を変えて『こっちを撮りたい!』と、即座に対象を切り替えるのが私のスタイル。今回は、今までのやり方を一度捨てて、初めて映画を撮るような気持ちで挑みました。結果的にはすごくいいチームになった。俳優陣は、リハなしで即興を交える撮影を楽しんで受け容れてくれてましたね」と満足した様子だ。

映画『あん』© 2015映画「あん」製作委員会/COMME DES CINEMAS/TWENTY TWENTY VISION/ZDF-ARTE
映画『あん』© 2015映画「あん」製作委員会/COMME DES CINEMAS/TWENTY TWENTY VISION/ZDF-ARTE

どら焼き屋の店長を演じた永瀬正敏は、店舗のセット作りにも参加し、撮影前の数日間は実際に店でどら焼きを作って生活したという。「焼いてると、通りすがりの人が買いに来ちゃうのよね(笑)。だから実際に接客して、代金もいただく。もちろんその後、スタッフが事情を話して返金するんだけど」。意外なことに、その間『永瀬正敏』に気付いた客はひとりもいなかったという。「店にいる時は、もう完全に千太郎(役名)。お昼はひとりでお弁当を買って食べるんだけど、午前中はどら焼きが20個売れて2,600円・・・経費考えたら1,000円使ったらヤバいなとか、役なりの金銭感覚で過ごしてもらった」という。

映画『あん』© 2015映画「あん」製作委員会/COMME DES CINEMAS/TWENTY TWENTY VISION/ZDF-ARTE
映画『あん』© 2015映画「あん」製作委員会/COMME DES CINEMAS/TWENTY TWENTY VISION/ZDF-ARTE

そのどら焼き屋の求人募集を見て、働くことを懇願する老女・徳江を演じたのは、樹木希林。稀代の大女優も、徳江の故郷という設定のロケ地に、自身の出演予定がないにも関わらず同行したという(なぜか衣裳も着ていったとか)。そこで、冬の朝日に照らされて蒸気を放つ桜の樹に遭遇。「希林さんがそれを見つけて『あたしを撮って!』って。撮影の予定はなかったんだけど、慌ててカメラを回しました」。実はこの神秘的な一コマは、作品のイメージを決定づける重要な場面に。これが偶然の産物だったとは、きっと映画の女神に守られているに違いない。

徳江が作る粒あんがあまりにおいしく、瞬く間に繁盛するどら焼き屋。小豆が煮え立ち、画面から甘い薫りすら漂う粒あん作りのシーンは見どころのひとつだが、海外での上映時にはこの和なタイトルはどうなるのだろうか? 「実は10日前まで揉めてたんですよ(笑)。でも、『あん』のままにしました。フランス語だと、アン、ドゥ、 トロア・・・の、数字の1の響きですよね。始まりとか、1年とかそういうイメージ。日本語で考えても『あ』と『ん』は最初と最後だし。英語も『A』から始まるし。実は万国共通のすごいタイトルだなと」。

河瀬直美監督
河瀬直美監督

カンヌ映画祭では5分以上のスタンディング・オベーションで迎えられ、大好評を得た本作。カンヌ映画祭終了時点、フランス150館規模、ドイツ50館規模を含む世界28エリア、30カ国以上での公開が決定しているという。

取材・文/hime

映画『あん』

2015年5月30日(土)公開
原作:ドリアン助川
監督:河瀬直美
出演:樹木希林、永瀬正敏、内田伽羅、浅田美代子、水野美紀、ほか
配給:エレファント・ハウス

  • LINE
  • お気に入り

関連記事関連記事

あなたにオススメあなたにオススメ

コラボPR

合わせて読みたい合わせて読みたい

関連記事関連記事

コラム

ピックアップ

エルマガジン社の本